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新着情報 2023年08月16日

お盆の終わりの行事、「五山の送り火」

こんにちは、京扇子の白竹堂です。
享保3年、1718年から京都で扇子屋を営んでおります。
京都では、毎年8月16日になると、お盆に帰ってきた先祖の霊を現世からふたたび浄土へと送り出すために焚く火、「五山の送り火」が催されます。

 

 

真っ暗な夏の夜、優しく鮮やかに燃える送り火を一目見ようと、京都では、点火前から山を見守る人でいっぱいになります。

東山如意ヶ嶽の「大文字」、松ケ崎西山(万灯籠山)と東山(大黒天山)の「妙法」、西賀茂船山の「船形」、金閣寺近くの大北山にある大文字山の「左大文字」、嵯峨鳥居本曼荼羅山の「鳥居形」の順に、午後8時から5分間隔で順次点火されていきます。

古来7月に行われてきた盆行事も、太陽暦採用に伴い、現代では地方によって行われる月はさまざま。京都では「勝手に変えたらご先祖さんが困らはる」からと旧暦7月にほぼ相当する8月に行っています。
送り火の翌日には、「消炭」を拾いに山に登る人たちが多くみられます。これは、消炭が疫病除け・魔除けの御守りになると言われているからです。また、盆やコップに注いだ水に送り火の灯りを映して飲めば、中風にかからないという言い伝えもあります。

 

 

この送り火の起源には、諸説あります。1つは、平安時代初期に、弘法大師(空海)が始めたとする説です。 ある時、大文字山麓にあった浄土寺が大火に見舞われ、本尊・阿弥陀佛が山上に飛翔して光明を放つ奇跡が起きたそうです。その光明を後世に残すために行われた火の儀式を、弘法大師が大の字形に改めたと言われているものです。
2つ目は室町時代に、足利義政が始めたとする説です。 1489(延徳元)年、足利義政が近江の合戦で死亡した実子・義尚の冥福を祈るために、家臣に命じて始めたというもの。
そして、3つ目の説は、江戸時代初期に、近衛信尹(のぶただ)により始まったとするものです。近衛信尹(のぶただ)は、本阿弥光悦、松花堂昭乗とともに当代の三筆といわれた能書家で、 1662年に刊行された書物『案内者』の中では、「大文字は三藐院殿(近衛信尹)の筆画にて」と記述されています。

 

 

いずれにせよ、信仰心を大切にしている地元の人たちによって、毎年受け継がれてきたからこそ、記録に留められず今の世に残っているのだと言われています。現在,点火の儀式や薪の管理などは,各山麓の町の人々が保存会を結成して維持しており,「五山の送り火」は,それぞれが「京都市無形民俗文化財」に登録されています。

 

 

夏の夜に静かに浮かぶ「五山送り火」。扇子で涼みながら、先祖に思いを馳せてみるのもいいものです。
白竹堂では、五山の送り火「大文字」の写真をプリントした扇子を販売しております。親骨と仲骨は落ち着いた色合いの唐木(からき)染めです。記念にぜひお買い求めくださいませ。

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